穂乃香、この空で繋がってるよ…。

2016年06月30日、就職先の同僚の車の後部座席に乗って
運転手によるスピードが原因で19歳という短い人生でこの世を去りました。

ひとり親で、一人娘を大事に大事に育ててきたのに…
一瞬で奪われてしまった命。

未だ信じたくない事実と向き合い、
優しくて明るく…そして何より母親思いの穂乃香が
いつもそばにいてくれてるような感覚で
懐かしく思った事や、また日々の出来事などを綴ります。

思いやりって、大事な事だと思うけどなぁ…。

昨日、久しぶりに兄貴から連絡があった。
嫁さんも子供らも、今日は夕方までいないという事で
穂乃香へのお供え物を持って、昼過ぎに家に来た。


久しぶりに兄妹2人でランチを食べに行こうって事になり、
自分の車を出した。


天気も良かったので、富士山でも見に行くか!と私から声をかけて
プチドライブに変更した🙌


夏の富士山さんは、いまいちだった。
やっぱ、頭に雪が被ってないと ただの山…って感じ😰


穂乃香を亡くしてから、
兄貴は、連絡もほとんどくれなかった…。
その時の事を責めるつもりはなかったけど、つい本音をぶつけてしまった。


一周忌が終わって、会席をした後
兄貴が私の事を心配して、『どっか行きたいとこあるか?』と声をかけてくれたのに
嫁さんが、『何も今行かなくたって、いつでも会えるんだから…』と


その場は笑って、そーだよね~😆

なんて、おちゃらけたけど…
あの時の嫁さんの言葉が未だに引っかかってる(^_^;)


私達、兄妹は年が離れてるので
1人っ子に近い状況で育ってきた私を
ある時は、父親のように面倒を見てくれた。
母親は仕事が忙しくて、通っていた保育園には
一度も送り迎えしてくれたことはなく…
年の離れた兄の肩に背負われて通園していた記憶しかない😅

扱いが とても雑…🙎


それに私の小さい頃の写真は、ほとんどない(;_;)

友達は、かわいい洋服を着てるのに…

私はお古の洋服😞


子供心に寂しい思いがいっぱいで、何度も泣いた。


未だ 人の優しさが欲しい…そんな感情になる時もある。
寄り添ってくれるだけでいい。
ただそれだけでいい。
何も お金がかかるもんじゃない…。


穂乃香を亡くした時は、周りの人には悲しい顔を隠して
感情を抑えるのが精一杯で、でも家に帰るとどうにもならなくて…。


誰かに泣きつきたかったし、周りに頼れる者がいればすがりたかった…。

あの時は、身内でさえ全く頼りなく感じた。


一審の裁判が、1ヶ月もかかって不安だったのに…

母も兄も連絡を一切くれなかった。
今まで育ててきてくれた身内を恨むわけじゃないけど…
あー、
人間って所詮、家族がいても一人ぼっちなんだなぁ~って気持ちになったのを覚えてる。
辛くて、すっごく寂しかった。


当時、突然の出来事でショックも大きくて
事故に関しての法律も何もかもわからず、一人抱えて大変だったこと…
今も不眠で悩んでる事…


正直な気持ちを兄貴に話した。


兄貴は、当時どう声をかけていいのかわからなかったから…って言ってたけど
私だったら、絶対に ひとりにはしないよ。
ま、人それぞれ考え方は違うし、一概に私の考え方を兄貴に
押し付ける事はしたくないけど…


逆に私の立場になって、突然子供を亡くした場合…
嫁さんも兄貴も、どんな気持ちになったかなって思う。




ドライブの最後に
兄貴の家族へと買った土産を持たすと、
帰宅後、嫁さんからLINEが届いた。


『お菓子ありがとうございました。兄妹でドライブに行ったと聞いて
意外な組み合わせで驚きました。久々に一緒に行けて楽しかったと言ってましたよ。』



意外な組み合わせ?…って、どうゆうことだろ?(*_*)


私ら兄妹なんだけどなぁ…(^_^;)



なぜか届いた言葉が引っかかってしまった…(^_^;)

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